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不完全な自分を受け入れることで、他者の違いも受け入れることができる:テスラー由紀さん


 


テスラー由紀

<プロフィール> オランダ在住

金継ぎ&蒔絵アーティスト&ワークショップ講師

テスラー由紀 20代は東京で舞台照明の仕事につき、その後オーストラリアへ移住。理系に目覚め資格を取り国立病院付属病理学ラボで検査技師をしながら結婚・子育てとオージーライフを送っていたが、忙しい生活に追われ気が 付いたら自分の情熱がどこにあるかわからないというジレンマに。


そこで兼ねてから一度は住みたいと思っていたヨーロッパへ旅立つオランダという新天地で個人事業者としてチャレンジすることに。


その頃から金継ぎ哲学に目覚め、ワークショップを中心に金継ぎ、漆、そして蒔絵の世界へ。すべては不完全なもの、すべてが永久でないからこそ生み出す美しさや強さ、また目の前にあるものへの感謝を語る日本の精神論に深く共鳴、漆塗り職人を目指しながらワークショップで日本の良きコンセプト広めるためにヨーロッパで活動中。

 

 

ーゆきさんは以前シドニーにお住まいでしたが、シドニーに来られるきっかけはなんだったのですか?そして、シドニーではどんなお仕事をされていましたか?

私は日本に住んでいた時にはフリーランスの舞台照明をやっていました。大学の時から始めて、すごく好きで楽しんでやっていたし、『舞台照明』という職業自体が自分のアイデンティティでもあるくらい、誇りに思っている仕事でした。


バレーやコンテンポラリーダンスなど、さまざまな舞台の照明を10年ほど担当させていただきましたが、30歳になる頃、だんだんと、日本社会によくあるプレッシャーを感じ始めたんです。周りのおじさん達からは、30歳までに結婚できない「売れ残り」を「クリスマスのケーキ」に例えられたこともありました。そんな「30歳になったら女性は結婚するもの」とか「結婚できなかったら価値が下がる」というような日本の常識が窮屈になってきて、日本を離れたいと思い始めました。 そして、自分探しのためにオーストラリアへ行くことにしたんです。でも、その頃は英語力もそこそこだったし、そうすると、できる仕事が限られているんですよね。でも、海外にいるのに日経の仕事に限定されるのが嫌で。その頃はファイナンシャルクライシスもあって、結構合理的に「どの仕事だったら食いあぶれないかな?」と探した結果、TAFE(オーストラリアの職業訓練学校)で解剖病理学検査技師のディプロマの資格をとりました。病院内のラボラトリーだったので、医学の興味深い現場に携われて、それなりに充実していました。



ー舞台照明からラボでの仕事ってかなり大きな変化でしたね。では、そんな安定した生活を捨ててオランダに行かれることになったきっかけはなんだったのでしょうか?


オランダに移住したのは、2019年のことです。

厳密にいうと、オランダに住みたい!というよりは、ヨーロッパに住んでみたいな、と思っていたんですね。理由は、今思えば、これまた自分探しだったのかもしれません。


シドニーで結婚、出産、安定した仕事もあって一通り落ち着いたのですが、ラボの仕事に対しては、元々の舞台照明の仕事のように「これが自分のアイデンティティだ!」というほどの情熱があるわけでもなくて、「自分って誰なんだろう?」と思い始めたのがきっかけかもしれません。「この仕事は自分でなくてもできるよな。」と感じていました。


実はこの情報は、知る人ぞ知る、なんですけど、オランダって、個人事業者としてアプライすると日本人の長期滞在ビザがもらいやすいんです。しかも、日本人は審査の基準も結構緩くて、夫ではなく、私自身がメインのビザ申請者として2年間の長期滞在ビザを発行してもらいました。その後の延長ビザもすぐ取得できたのですが、それもこれも、出島貿易の頃から国際関係を築いてきてくれた先人たちのおかげなんですよね。 日本人のパスポートも国際的な地位が高いし、海外で日本人の社会的な立場が良いというのは、本当に先人の頑張りのおかげだと思うので、自分自身もそれをちゃんと次の世代に渡して行きたいですよね。海外生活長いからこそ、日本の本当の良さが分かることもあるので、その伝統や良さを「日本のアイデンティティ」として次世代に受け継いでいくのが、海外在住日本人としての役目なのかな?とも思っています。



ー私も子育てで職場を離れて、同じくアイデンティティを喪失して悩んだのですごく共感します!では、オランダでの生活で、どんなことが大変ですか?また、いいところはどんなところですか?


やっぱりそれは、語学ですね(苦笑)オランダ語はまだまだです。 でも、結構仕事や手続関係は英語だけで生きていけちゃうので、差し迫った気持ちにならなくて、オランダ語を学ぶことに全力投球できていないですね。

でも、ママ友や学校のやりとりなどはオランダ語だし、ワークショップはオランダ人の方も増えてきていて不都合はあるので、ちょっと喋れた方がいいなとは思うのですが…発音も難しいですね〜。


良いところは、オーストラリアも同様だと思いますが、教育がオープンなところ。息子も全く最初はオランダ語が話せませんでしたが、皆さんが寛容に受け入れてくださっているのを感じています。



蒔絵
由紀さんの制作されている蒔絵

ーゆきさんは、現在は日本のアートを広めるワークショップの活動をされていますよね?それを始められたのはいつですか?また、どんなきっかけからですか? 日本のアートに興味を持ったのは、海外に来てから日本の文化の素晴らしさに気がついたことがきっかけです。オランダに行くと決まっていた時に、何か日本的なことをやりたいと思って藍染を始めました。私、江戸時代が大好きなんですよ(笑)だから、「エド・ブルー」とも呼ばれている藍染のあの青が好きなんです。あとは、自然のものを染料に使っているところに惹かれました。


オランダに来てすぐの頃には、藍染の商品を作って販売をしたりワークショップもしていましたが、今現在は、蒔絵(まきえ)と金継ぎ(きんつぎ)のワークショップを開催しています。特に日本人以外と決めてはいないのですが、お客様の大半は外国の方です。


実は参加者は、オランダ人だけではなく、インターナショナルの学生さんとか、他のヨーロッパ圏の人が多かったりします。私の住んでいるデルフトだけでなく、ユトレヒトとか、アムステルダムなど、片道2〜3時間かかるところから来られる方もいらっしゃいます。


蒔絵は、漆を使った日本の伝統工芸ですが、私がワークショップとして教えているのは本当に基本のところだけです。やはり、1日のワークショップでちょっとだけ日本のアートの世界を体験してみたい、という方が多いので、こちらで漆器のプレートを用意し、そこにテンプレートから選んでいただいた模様を転写し、その上から漆で描いていただくような形です。筆を使って模様を描いていく工程は、集中して自分と向き合える時間でもあり、とてもマインドフルネスな時間です。


忙しい日常の中では、自分と向き合うのが一番後回しになってしまいがちですが、あえて、自分に立ち帰る時間を持つためにワークショップに参加される方もいます。でも、そういう時間って本当に大事で、その時間がないとやらなくていいことをやってしまったり、軸を失ってしまうんですよね。


金継ぎのワークショップに関しては、本来のように生の漆を使ってやろうとすると乾くまでにかなり時間がかかるので、1日のワークショップで実施することはなかなか難しいです。工程も多く、工程を分けて数日でやっていただくか、ほんのちょっと試してみたいということであれば、本来の漆を使う形ではなく、合成の接着剤を使う形では最短で1日で完成できます。金継ぎに関しても、仕上げの磨きやクリーニングに時間がかかるので、その作業時間は作業だけに集中できるマインドフルな時間になりますね。




蒔絵ワークショップ
ワークショップで説明される由紀さん

ー金継ぎの「ものを大切にする」精神って、今の時代だからこそ見直されていますよね。

金継ぎに出会ったことで、私の中でも自分のやりたいことが以前に比べはっきりとしてきました。ワークショップを広めていきたいというよりは、金継ぎの背景にある哲学やコンセプトを伝えていきたいと思っています。


金継ぎには、不完全な自分を受け入れるとか、永遠に形のあるものはないとか、傷ついたところもネガティブな部分と捉えず、自分の歴史の一部として受け入れていく過程を大切にするとか、そういった哲学、ストーリー、精神論が背景にあります。そのような「金継ぎ哲学」は、特に、今のような不安定で絶対安定なものがない時代には共感されるのではないでしょうか。「パーフェクトなものや安定していることが良いことだ」という教育をされているから、そうじゃなければならないと思い込んでいる部分があると思いますが、実は日本の歴史文化の中にはすでに、そういった不完全さや諸行無常を受け入れる精神が流れているわけですよね。


人生の中で挫折したり、傷つくことは当たり前にあることだし、それも自分の一部とポジティブに受け入れられるためのメッセージを、金継ぎは秘めていると思います。ワークショップでは技術を広めるだけではなく、このような日本的なコンセプトをもっと広めていければいいな、と思っています。


そうすれば、流れていく自然の中の一部として自分のことを見られるようになるのではないでしょうか?皆がそこに立ち戻れば、より柔軟に生きることができるのではないのかと思うのです。


蒔絵ワークショップ

蒔絵ワークショップ
蒔絵ワークショップの様子


ーゆきさんがアートを通じて伝えたいことはなんでしょうか?これからの展望などもあれば教えてください。



私がこの活動を通じて一番到達して行きたいのは、「自分を丸ごと受け入れる」というコンセプトを個人的なレベルでみんなができるようになること。自分が人と違うことや、人のことも認められるようになることですね。


ヨーロッパの方は特に、個人主義なところがあるので、「自分の世界を変えるのは自分だ」ということをわかっていて、そのメッセージをスッと受け入れやすいとは思っています。でも、海外でも、『同じであることがいいこと』と思っていて、自分の個性を出せず苦しんでいる人もいるんですよね。


個々にみんなが自分のことを受け入れられるようになると、人を攻撃する必要がなくなると思うんです。それが、自分のことを受け入れ、人との違いを受容できる人間関係を築いていける土台作りに必要だと思います。そして、大人たちが子どもたちの個性や成長を邪魔しないためにも、大人自身が、自分が自分と向き合い、自分を受け入れていくことが大切だと思っています。


でも実は、そのメッセージが一番必要なのは日本人である私たちなんですよね。儒教が日本に入ってきてから家父長制や女性の謙虚さが強化されてきたし、戦後は「追いつけ、追い越せ」で海外の方が自分達よりも優れているという価値観で生きてきました。でも、元の日本人はもっと自由だったと思うんです。日本の伝統工芸や美術には、それが生まれた時代背景にある哲学や価値観が反映されています。日本人の意識改革といっては大袈裟かもしれませんが、そのツールを通じて日本人が自分達の良さに改めて気がついてほしいと思います。


本来の日本の素晴らしい精神から生まれてきている習慣なども、ずっと日本にいるからこそその本質や良さが見えなくなってしまっていたり、自分の世界は自分で責任を取るインディビジュアリズム(個人主義)ではなく「みんながやるからやらないといけない」という協調主義に偏っていたりする部分が、海外に住んでいる私から見るともどかしい部分も多いです。


いいところも、悪いところも、一回どちらも自分だと認めてしまって受け入れられれば、自分を他の人と比べなくて良くなるはずなんですよね。まさにそれが、私が金継ぎを通して伝えたいメッセージです。



HP : https://japanworkshopnet.com/

Instagram:https://www.instagram.com/japanworkshop.net_/


 

編集後記


私自身も、海外に来てから初めて、日本の美術や芸術というものに関心が向くようになりました。日本に住んでいる頃には、やろうと思えばそこらじゅうにお教室もあるし、さまざまな伝統工芸や美術に触れる機会もあったのに、全くと言っていいほどそこに目が向けられていませんでした。


海外に住んでいるからこそ、日本ならではの良さに気がつくことは、私やゆきさんだけでなく、今までインタビューをさせていただいた皆さんがおっしゃっていることです。


もちろん、外から客観的に見えることによって、「ここはもっとこうだったらいいのに。」という部分も目につくようにはなりますが、そこには、自分の出身国を誇りに思うからこその期待のようなものも込めての感情があります。


本当に、日本には素晴らしい伝統文化も、技術もたくさん優れているものがあるのに、個人と同じで、それを自分自身で認められていないことが外への見せ方の「下手さ」につながっている気がしています。


私自身も日本の伝統的な美術を通じて、日本人が昔から大切にしている価値観や、美意識、哲学などを、尊ぶ気持ちが自分の中にも根付いているのだと感じることがあります。そのような感覚はもともと欧米にはないものかもしれませんが、逆にとても魅力的で新鮮に彼らの目に映るようでもあります。


そこには、人種などを超えて、人間として自然の中で生きる私たちの本質のようなものが、垣間見えるからなのかもしれません。




ENVITA編集部


 

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